失われた情報の価値とは
昨日書いたようにHDD壊れ祭開催の中,ふと情報の価値というものについて考えてみた.
僕が仕事に関するデータで持っていたものを上げると大体以下の5つの分かれる.
1) メール
2) ドキュメント
3) ソース
4) メモ
5) 様々な実験用のデータ(アンケートなど)
さて,この中でもっとも価値のあるデータはどれだろうか?
答えは,5) 統計処理用のデータである.他のデータは「知識」や「情報」のように,頭の中に吸収されることに価値があるデータであり,それは逆にいうとHDDにあるだけでは価値のないデータとも言えるが,統計データは知識でもなく,それそのものが価値本体であるからだ.もっと分かりやすく言えば,他のデータは時間さえかければ復旧できる可能性が高い.一度書いたソースならばもっと短時間で実装することができるし,もっと綺麗なソースになるかもしれない.しかし集めたデータは,同じ方法と時間をかけることでしか復旧することができない.
ちなみに幸いにも,統計処理用のデータは完全な形でバックアップが残っていた.ソースやメモはCVS,メールは別のPCに残っていたので,せいぜい消えたのは最近書いたばかりのドキュメント類である.それも仕様書のようなものではなく,アイデアをプレゼンするためのパワポの資料がほとんどだ.つまり,アイデアにこそ価値があるデータだから,データが消えたところで痛みは少ないのだ.
とはいえ,環境を復旧させたり,ちょっとした豆スクリプトを書き直すのは時間のムダなので,当然バックアップを取るのは必須である.そんなわけで今日は,UNIX系の雑誌でたまに取り上げられるrsyncなどのコマンド使ってバックアップの設定をしてみた.バックアップと聞くと面倒なイメージがあるけど,rsyncを使えば簡単に別のPCに定期的なバックアップを取ることができる.UNIXユーザでバックアップを取っていない人は,すぐやってみるべし.本当,簡単ですから.時間がかかるのは最初だけで,次回以降は更新のあったファイルだけの転送となる.
■2005/08/15のチェック
・×ビジョンの意識
・×ビジョンにそった行動
・○回りの人を思いやっているか
・○凡事徹底のチェック
・○blogを書く
・×専門分野の知識を得る
・○専門外の知識を得る
・○仕事とは別に何かを作り続ける
・○ピアノの練習
・○朝きちんと起きる
・○ウォーキング
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