本005:男の作法
相変わらず咳が収まらず、お茶を飲む度にむせてしまう(泣)hiroyukiです。
男の品格を学んだら、次は「男の作法」も学んでみようじゃありませんか。
| 男の作法 (新潮文庫) | |
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昨日ご紹介した「男の品格」より、こちらの方が断然Amazonの評価がいいですね。やはり、話が具体的で分かりやすいからでしょうか。
昭和風情の漂う「男の作法」は、てんぷらの食べ方から贈り物まで、"男ならかくあるべき"論が口語調で続きます。中にはちょっと古くさいなと思うところもあって、文章そのまま真に受けると、かえって野暮に感じられる部分も。
でも、この本は、読み方にこそ「男の作法」の意味が込められているのではないかと思いました。
例えば、こういうことです。
「ここに書いてあることは、ケーススタディの一つであって、唯一の正解ではない。相手や場所、状況、あるいは時代の一つ一つに考えを巡らせ、その結果、それが「イキ」だと信じたことを実践せよ」
つまり「うなぎの食べ方を学ぶこと」より、「うなぎをどう食べるのが一番うまいのか考えてみること」が重要であると。
考えてみれば、イキな男の行動には筋の通った「理由(ワケ)」がある。それは、他人がとやかく言うものではなく、自分がそれを信ずることができるかどうか。それが重要なんだと思います、ハイ。この本には、そんなことは書かれていませんが、きっと池波先生はそうおっしゃりたいんだなと勝手に解釈しました(笑)
その中でも、そのまま真に受けてもよいと思ったのは次の文章。
それならば、男は何で自分をみがくか。基本はさっきも言った通り「人間は死ぬ・・」という、この簡明な事実をできるだけ若いころから意識することにある。 (中略) そうなってくると、自分のまわりのすべてものものが、自分をみがくための「みがき砂」だということが分かる。
まわりのもの全てを「みがき砂」にするかどうかは、本人の心がけ次第である、と。辛いときはなかなかそう思いづらいものですが、前向きに死を意識してみることで「最後は全てなくなるから、幸も不幸もツジツマがあう」と割り切って(これがワケですね)、頑張ってみるのが男なのかもしれません。
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