ユーザインタフェースにおける「制約」と「自由」 (Apple vs. Microsoft)

本日発表のiSlate?の発表に夜も寝れないhiroyukiです。楽しみですね〜。
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先日のエントリ、AppleのiPhoneにはカーソルキーがないという話の続きです。
カーソルの移動にボタンがダメなら、他の手段はどうでしょうか。iPhoneのユーザインタフェースとして真っ先に思いつくのは、傾けるとカーソルが動くというもの。右に傾ければカーソルキーがトトト、と右に進むイメージです。
これは、Appleの開発者にしてみればもちろん思いついていたでしょうし、実装もおそらく簡単なものです。もしかすると既に機能としては入っているかもしれません。が、いずれにしても今は使えない、つまり、ユーザがそれを選択することをAppleは許されなかったわけです。
こういった「強い制約」が、Appleの製品らしさたるものではないでしょうか。
Apple製品をここ3年ぐらい使ってみて分かったのは、ユーザインタフェースの設計思想におけるMicrosoftとの違いです。一言で言えば「制約 vs. 自由」。どちらか良いとかということはないのですが、その強い制約にハマれるかどうかが、真のAppleユーザになれるかどうかなのかもしれません。もっとも、僕はまだまだ先のようですが・・・
例えばOS Xに感じる具体的な不満点としては、広いディスプレイ、あるいはデュアルディスプレイにしたときに、アプリケーションウィンドウとツールバーが全然違う位置にあることです。マウスがツールバーとアプリケーションウィンドゥの広い間を行ったり来たりして、なかなかのストレスになります。なぜ、機能とそれを操作するためのツールバーを分離したのか?これは、考えてみると奥の深い問題のような気がします。
もしかするとこれは、Appleからの「俺たちは狭いディスプレイでも使える最高の環境を用意したんだ!シングルディスプレイにしろ!というメッセージなのかもしれないし、もしかするとユーティリティソフトを入れることで解決するのかもしれません。しかし、そういうことではなくて「予め用意するのかどうか」が、例えば予めツールバー自由に移動できるようにしたMicrosoftとの思想の違いなんでしょうね。
Windowsをカスタマイズして使ってきた人には「Macってできないこと多くない?」となりそうだし、逆にMacを使っている人からWindowsを見ると「選択肢多すぎて過ぎて分かりにくくね?」と感じることでしょう。まさに「制約 vs. 自由」。もちろん「制約」がApple、「自由」がMicrosoft。ユーザに与えるインタフェースの情報から見れば、「質 vs. 量」とも言い換えられるでしょう。
一方、その「量」を与えたMicrosoftの最新のOfficeスイート「Office2007」の評判は、あまり良くありません。これは、リボンインタフェースによって、「あらゆる操作手段を表面化したこと」と「使わない機能を表面化しない手段を提供しなかったこと」が原因ではないでしょうか。まさに「量」と「制約」のミスマッチなわけです。
「量」には「自由」、「質」には「制約」を。
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